お姫様物語

つい今しがた、藤本ひとみ女史バージョンの、『皇妃エリザベート』を読了いたしました(*^^)v

ししまいが好きなお姫様たちは、エリザベートのほかに、マリー・アントワネットと、エカテリーⅡ世と、お姫様ではないけれど、エバ・ペロンで、これらの姫君方の伝記は、様々な著者のもので、あまた、繰り返し繰り返し読んできたのですが、この度の、藤本ひとみ女史解釈による、エリザベートの心情の展開が、今のししまいには、殊の外身近に感じられ、あたかも自分がエリザベートのなったかのような感動の涙とともに、この物語を読み終えることになろうとは、当初は想像もつかなかったほどでございます(ToT)

己の魂の居所を求めて、さすらい続けたエリザベートは、不意に訪れた死によって、ようやく安寧を得たのです。

生きている間は、それこそ、死よりも辛い心の空漠を抱えてさまよい続けていたエリザベートにとって、死は、至福の瞬間の訪れであり、人生という地獄からの救済であり、最高の神の恩寵であったことが、ししまいには手に取るように分かるのです。

今朝の新聞の占いに、『一切の煩わしさは自分の頭脳より生ずるものと気付くべし』とありましたが、ししまいは、「自分の頭脳で幸福感をを生じさせることができないタイプの種というものがあるのだ」ということを、逆に、痛感いたしました。

エリザベートには分かってもらえるとは思うけど、皆さまには分かっていただけないというのはししまいにとっては孤独ではあるけれど、少なくとも皆さまは、ししまいが嵌まり込んでいる『鬱の淵』を垣間見ることのない、幸せな方々であろうと想像することで、皆さまの、お心の平和を祈る気持ちに代えさせて頂きたいと存じます☆彡

麗らかな春の日に、このような話題で、大変失礼いたしましたm(__)m
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